2007年10月28日日曜日

絵本の読み聞かせで共有できるもの

1歳3ヶ月になる次女は,甘えたかったり,かまって欲しくなると,絵本を持ってきます.絵本を読んでいるときは,私を独り占めに出来ると思っているようなのです.次女は私と1対1で遊びたいのでしょうね.「もっと次女とも遊んであげなきゃ」と思う瞬間です.

当然ですが,3歳になる長女の方が複雑な遊びをします.会話も複雑です.一方,次女はまだまだ赤ちゃんの域.3人で遊ぶと,どうしても次女がついていけない部分があります.もちろん,長女は次女に合わせてあげようとしていますが,1歳と3歳の差はとても大きいですから,うまくいきません.私が間を取り持つ役なのですが,両方を満足させるように遊べていないのですね.結果的に次女が私を独り占めしようと思い,絵本を持ってくる --- そんな状態です.

さて,我が家のその状態はともかく,"絵本を持ってくる次女"を見て,思ったことがあります.「やっぱり,絵本は親子をつなぐ物なんだ.コミュニケーションの道具なんだ」ということです.次女が絵本を持ってくるときも,「私と,本当に一緒に遊んで!お話して!」という様子ですから.

親子が絵本を通じて空間と時間を共有し,一つの疑似体験をする.--- 読み聞かせのときに感じる,そのような一体感が私は好きです.まだ,上手くお話できない子供とも,会話をしているような気になります.温かい,幸せな気持ちで満たされます.

逆に言うと,そのような状態になっていない読み聞かせは,読み聞かせとは思いません.私の気持ちがあさっての方向を向いていて---たとえば,さっさと読んで○○をしようなんて思っているときは,絵本の世界に入れません.もちろん子供も,あまり楽しくなさそうです.それはただの音読なのでしょう.

絵本の世界 (空間) で時間を共有して,はじめてそれを読み聞かせと呼びたいです.

子育てしているときは,「ああ早く大きくなって欲しい」と思いますが,実は子育てにはそんなに長い時間はありません.できれば,本当に心通わせる時間を長く持ちたいものです.絵本の読み聞かせは,時間を共有できる,とても便利な道具だと思います.

追記)
「読み聞かせは時間の共有」は,私の信じていることのようです.この書き込みをしてから,ふと,以前に似たようなことを書いた気がして,共有を検索しました.やっぱり,似たような書き込みがありました.全く忘れていたものがほとんどですから,無意識に同じようなことを書いているようです.余程,強く思っているのでしょうね.

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