2009年1月29日木曜日

絵が描けなくなった

うちの娘達はよく絵を描きます.そういうとき私も一緒に絵を描くのですが,「何か描いて!」と真っ白い紙を渡されるとペンが止まります.何を描いたらいいのかわかりません.思いつきもしないのです.思いついたとしても,「どういう風に描けばいいんだっけ?」とか「なに色で描こうか?」とかが先にたち,”まず手が動く”ということはありません.

一方,娘達は自由です.文字通り好きなものを好きな色で描きます.バナナを描きたければバナナを描くし,ラクダが描きたければラクダを描きます.赤いバナナであっても,青いラクダであっても,それはバナナだしラクダです.そしてそこに理由もなにもありません.「好きなものを好きな色で描いた」それだけです.

それに比べて,大人は不自由です.バナナは黄色で,ラクダは黄褐色で描きたくなります.また,バナナの隣にラクダを描こうとは思わず,くだものだとか南国だとか関連するものを描きたくなります.

さらに子供はすごく具体的です.例えばラクダを描く時は「○○している△△のラクダ」のように妙に具体的で限定されています.ところが大人は総称としてのラクダを描きます.この2つが子供と大人の決定的な差だと思っています.大人は「抽象,分類」が得意です.子供は「具体,個別」が得意です.

毎日大量の情報を処理しなければならない大人は,物事を分けたり,抽象的に考えたりしないと頭がパンクしてしまうのですが,子供のような頭も持っていないと新しい発想がわいてきません.両方必要です.

訓練の方法はないものかと「毎日ちょっとした絵を描く」ことを思いついたのですが,本当に何も描けないのです.これには参りました.

もっと子供と遊んで,頭を柔軟にしたいな.そんなことを思いました.

2009年1月27日火曜日

大人の絵本ブームだそうなのでいろいろ考えてみた

今,大人の絵本ブームだそうです.

今月13日の NHK の朝のニュースで,絵本の人気が大人にも広がっているというニュースがありました.絵本カフェや洋書絵本専門店がとりあげられており,絵本カフェでは飛び出す絵本,洋書絵本専門店では大人向けの英語の絵本の読み聞かせ講座が紹介されていました (後者は少しうろ覚え,間違っていたらすみません).

また,同日だったと思いますが,新聞でオーダー絵本の会社が紹介されてありました.プレゼントとしてオーダー絵本を頼むお客が多く,6割が大人だそうです.

確かに大人の絵本ブームと言っても良さそうですが,肝心のお話の方がクローズアップされていないことが気になりました.注目されているのは絵本という形式だとか,飛び出す「しかけ」だとかです.報道のされ方なのかもしれませんが,本当のところはどうなのでしょうね.みなさん絵本の世界を楽しまれた上での,ブームなんでしょうか.

それとも「ただの流行り」で,絵本から連想される「やさしい」イメージや,海外製品から連想される「おしゃれ」や「かっこいい」というイメージが,ブームを呼んでいるだけでしょうか.


どちらなのかはわかりません.ただ,私が思っているのは,「絵本の世界を楽しむのは,大人にとっては結構難しいことだ」ということです.絵本の絵やしかけを美術として楽しむのは出来ると思いますが,お話となるとどうでしょう.楽しめるでしょうか?社会のルールで固められた大人の頭では,話を「理解」しようとするあまり,楽しめないことも多いのではないでしょうか.

絵本の世界と絵本の本当の面白さはお話にあります.絵やしかけはお話と読み手をつないでくれる橋でしか過ぎません.ときには子供しか渡れない橋,子供しか見えない世界があると思います.もし,お話を楽しめていないとしたら,本当に絵本を楽しんでいるとは言えませんね.


大人の絵本ブームと言われていますが,「日本的な流行り」ではなく,絵本の文化が育まれる本当のブームであって欲しいです.気づいたら「それはもう流行ってない.古いよね」みたいな状態なっていたら悲しいですよね.そのときに子供達の絵本まで廃れていたとしたら,そんな残念なことはありません.

絵本好きの者として切に願います.

2009年1月13日火曜日

親の言葉 ---「そうしたいな」と思わせるには?

最近,うちの娘達はけんかばかりです.歳がふたつしか離れていない上に,4歳と2歳の組み合わせ.「お姉ちゃんぶりたい姉」と「反抗期間近の妹」最悪です(笑.

2人は仲が良く,概ね楽しそうに遊んではいるのですが,「いったい一時間のうちに何度けんかすれば気がすむんだ?」と思うくらいけんかが始まります.(歳の近い兄弟姉妹というのはこういうものですけれどね)

こうたびたびけんかされると,対処するこちらも大変です.

あまり関与しすぎるのも良くないので,2人で収集出来なくなった時に私は出て行くことにしています.そして喧嘩の仲裁をする時は「フェアに」というのが私の基本ルールです.私もけんかの様子を見ながらそれぞれの話を聞き(もちろん妹は上手に説明出来ないので,汲み取ってあげて),仲裁します.姉には,「けんかしないように,(妹に)こういう風に言ってあげな」と言うこともあります.

こぶたくん (こぶたくんのおはなしシリーズ)ただ,もう少し気の利いたことは言えないものかと最近思っています.私の好きな「こぶたくん」のおとうさんはこんな風に言います.

こぶたくんの妹のアマンダが本を読んでいると,こぶたくんがアマンダから「この本,ぼくがよみたいんだ」と言って,本を取り上げてしまった時のことです.
「本は,ふたりのものにしたほうがすてきじゃないかな」
よいコメントですね.お話の中では,この言葉をうけても,こぶたくんは自分の主張を曲げなかったのですが,私は親としての言葉だなと思いました.ただ単に本を貸してあげなさいとは言わずに,「ふたりのものにすること」が良いことで,さらに「すてきなこと」という言葉を使って,それがとても魅力的な状態であることを子供に伝えています.

こちらの方が,「本を貸してあげなさい」とだけ言われたときよりずっと「貸してあげよう」と思いますよね.

「あるべき状態を魅力的に見せる」のはとても難しいことだとも思いますが,そんな言葉を使えるようになりたいと思います.しかし,気持ちの入った言葉をかけるには,まず私がその状態を魅力あるものだと思わなくてはなりません.

どうやら,私がもっと修行する必要がありそうですね.

2009年1月4日日曜日

次女のランクアップを検討 --- 絵本の話

我が家の娘達は,童話館ぶっくくらぶで絵本をとっています.長女 (4) は大きいくるみコース(およそ4〜5才)から一冊.次女 (2) は大きいいちごコース(およそ2〜3才)から一冊それぞれ毎月配本されてきます.普通は各コースより毎月二冊届くのですが,兄弟のいる家庭には我が家のように配本をカスタマイズしてくれます.

童話館からの絵本は娘達の毎月の楽しみです.

ところが,最近次女が自分に配本されてきた絵本を読みたがりません.寝る前の絵本を選ぶ時も,配本されてきた日とその後数日間はその絵本を選びますが,その後はほとんど長女の絵本を選んできます.どうやら次女には(次女本人が思うには)絵本の内容が簡単すぎるようなのです.

次女は生まれた時から絵本に囲まれていました.立ち上がる頃には 100 冊ほどの絵本が自分の周りにありました.しかもそれらは自分より対象年齢が上の本です.2 歳上の長女の本ですからね.彼女にとってはいつも少し内容の難しい絵本を聞いて育ったのでした.もちろん次女向けに読み聞かせをしますが,長女に読み聞かせをする時も次女はそこにいるのですから.

そう言えば昨年のお正月.次女が 1 歳半のときに「あさえとちいさいいもうと」を中座せずに最初から最後まで聞き,さらに何度も読めとせがまれて,かなり驚いたのを思い出します.彼女は長いお話を聞き慣れていて,対象年齢が同じくらいの本では短すぎてつまらないのでしょう.

あさえとちいさいいもうと (こどものとも傑作集 (61)) (こどものとも傑作集 (61))とは言え笑えるのは,本によっては内容を押さえられていないようで,読み聞かせしている最中にとんちんかんな質問をするときもあります.笑えるキャラクターの次女らしいところでもあるのですけれど.

配本されても読まないのはもったいないし,わかっていないのに難しい本を与えるのも本当は次女のためにはならないような気もする --- そんなことを考えながら,結局はコースのランクを上げることを予定しています.

こういうとき,みなさんはどのようにしておられるのでしょうね.

2009年1月1日木曜日

絵本のお年玉

いやいやえん―童話 (福音館創作童話シリーズ)昨年と同じく,私の父が娘達に絵本のお年玉をくれました.

長女(4)はずっと欲しかった,「いやいやえん」を選び,次女(2)は「そらいろのたね」を選びました.そして父の「2冊ずつ選んでいいよ」の言葉にさらに「おふろだいすき」と「ぐりとぐらとくるりくら」をそれぞれ選びました.

中川梨枝子さんと山脇百合子さんの絵本が流行っている我が家らしい選択です.

そらいろのたね (こどものとも傑作集 (25))今日は帰ってから妻と私は交互に本を読みっぱなしで,喉がおかしくなりそうでした.「いやいやえん」は数話から構成されている長い童話ですが,ほとんど一冊全部を連続で読まされるのです.いやはや,長女の本好きと根気の強さには参りました.ついでにわずか 2 歳の次女もほとんど同じくらいの時間を本の前で過ごします.

今年も本三昧の年になりそうですね.